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地球規模で生物多様性保全を強力に推進するCEPFパトリシア・ズリタ事務局長来日インタビュー Vol.2

・・・前号から続く


-日本国政府との交渉のお話が出ましたので、ここで日本政府や日本の貢献について教えてください。
2001年に日本がCEPFに参加して以来、どのような関係でしたか?

パ:「日本国政府がCEPFへの参画を決定した背景には、おそらく世界銀行のお陰もあったと思います。当時は玉木さん (*玉木林太郎OECD事務次長) が、日本政府の世銀常任理事をされていて、財務省に戻られた頃でした。
私の印象では、玉木さんが説得してくださったお陰で、それまで前例のないCEPFへの資金援助が可能になったのだと思います。そして、2007年にフランス政府開発庁の参画にあたり、CEPFドナー協議会で唯一の国家政府ドナーである日本の存在が大きく貢献したことは間違いありません。玉木さんと当時のフランス政府開発庁トップだったサブリナさんと私とで、何度も協議を重ね、また日本とフランス両政府間でも何度もやり取りがあり、ようやくフランス政府はCEPF参画への意義を確信してくれたのです。

着任前の事情は、具体的にはよく分かりませんが、2007年に日本の第1次支援が終了し、前任のCEPF事務局長がその後の対策をどうするか、保留のまま、2010年に私が着任し、CEPF事務局長として最初の仕事が、日本政府との交渉でした。

実は着任当初、私は妊娠4ヶ月で、なんと双子であることが判明したばかりでした (笑)。でも、そんなことは言っていられません。どうしたら日本政府は追加支援に応じてくれるだろうと、考え続けました。そして着任翌月の2010年3月に来日し、玉木さんと協議したのですが、この時の玉木さんは素晴らしかった。なんと翌4月の世銀の春の会議の席で、日本政府はCEPFへの追加支援を決定したと公式発表してくれたのです!あの時はどれだけ安堵したことか・・・
私たちは日本のコミットメントを得たことで、今後の事業運営に安心して取り掛かれたのです。」


-日本政府との関係はどうですか?
パ:「そうですね、日本国政府に関してのチャレンジとしては、伝統的な政権交代と関係省庁の担当者が2年ごとに交代することです。そうした事情もあって、私はできるだけこまめに足を運んで、関係者と直接お会いして、関係構築を心がけてきました。CEPF事務局長に就任してから、私は毎年来日しています。CEPFにとって日本国政府はかけがえのないパートナーであり、重要なド…

地球規模で生物多様性保全を強力に推進するCEPFパトリシア・ズリタ事務局長来日インタビュー Vol.1

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2014年10月、CIも共同出資する生物多様性保全のための国際基金である、「クリティカル・エコシステム・パートナーシップ基金 (CEPF) 」のパトリシア・ズリタ事務局長が来日しました。 ズリタ局長は2010年3月にCEPF事務局長に就任して以来、これまで5年近くに渡ってCEPFの運営を率いてきました。本年12月末をもって退任し、 国際環境NGOバードライフ・インターナショナル (本部: 英国ケンブリッジ) のCEOに就任することが決定しています。引継業務で慌しい中、1週間ほどの日程で何度目かの日本を訪れました。世界中の会議に飛び回る合間を見つけて、CEPFの今後や日本への思いなどを語ってもらいました。
-まず、簡単にCEPFでのこれまでのことを教えてください。CEPFに来たのはいつですか?
パトリシア:「ほぼ5年ぐらい前ですね。」
-CEPFのトップとして5年間、どのようなことを達成してきましたか?

パ:「私が2010年3月に着任した頃のCEPFは、既に確立されていて、第2フェーズの半ばでした。CEPFは2000年に、世界銀行とCI、そして地球環境ファシリティ (GEF) の3組織によって設立されました。設立当初の最重要課題として、市民組織に対する世界銀行やGEFのような大規模なドナー(資金援助機関)のアクセスをいかに確保するか、ということがありました。このような大規模ドナーの資金提供プロセスは、非常にややこしいことが多く、それをどう克服するか、ということです。CEPFは、途上国で活動する現地の市民社会団体などを、これらの大規模ドナーと結びつける、というニーズに答えるために設立されました。CEPFは、資金提供メカニズムとしての機能だけでなく、市民社会団体のキャパシティ構築を実施する機関としての側面も担っています。」


―市民社会団体のキャパシティ構築とは?

パ:「CEPFには2つの大きな柱があります。1つは生物多様性ホットスポット保全のための活動を支援するというもの。地球上で最も重要な生態系システムの保全を推進します。そしてもう1つは、市民社会団体の活動を支援するというもの。途上国に多く存在するホットスポットの傍で生活し、その保全活動に直接的に関与している現地の市民社会団体らとともに活動し、そうした団体の可能性を引き出していくのです。この2つの柱はどちらも重要です。 そして、20…

現役大学生が聞く”CIジャパンスタッフの「世界を舞台に働くとは」” 第2回目 名取 洋司 vol.3

名取さんの大学・大学院生活を通してどのように”今の仕事”につながっていくのでしょうか?

生態学+環境心理学の研究木勢:アルバイト経験以外に、例えば…..趣味とかはありましたか?
名取:読書に時間がかかる人で、だいたい教科書読むので日が終わっていたのです(汗)。もうちょっと別のこともやればよかったのですけどね。地学のGeology Museumでボランティアして、ワイオミングなどから取ってきた石というか土の固まりから、恐竜の骨の化石をピンセットやナイフを使って慎重に取り出していました。おもしろかったですよ。そういうこつこつとしたのが好きなんです。
木勢:何はともあれ充実した生活を過ごされていたのですね。ということは、学部生から博士号までずっとアメリカにいたということでしょうか?
名取:夏休みに日本に帰ってきていました。授業のある春・秋学期の時はアメリカに行って、5月の終わりから8月いっぱいと年末年始は日本に戻っていました。このサイクルをおよそ10年続けていました。
木勢:それでは研究テーマも日本に関わるものだったのでしょうか。具体的にどのようなものでしたか?
名取:出身の「中郷村の環境基本計画作り」が、修士のテーマでした。博士論文の時は、中郷村を含む5市町村からなる広域の環境基本計画に関係付けながら、景観生態学の研究をしました。土地利用・被覆の変遷だとかを空中写真から調べて、その変化が生物と人の意識に与えた影響を検証するという、生態学+環境心理学の研究でした。今の仕事でも深く関わっていますが、SATOYAMAを研究していたのです。
木勢:長い大学時代を振り返っていかがですか。
名取:アメリカに行ってよかったのは、糸の切れたタコになれたので、専攻もいろいろ試せたからおもしろかったことです。時間が戻ったとしてもアメリカ行くっていう選択をやっていたかなぁ。日本の大学も知りたかったけどね。どこでというより何をやるかだと思います。
木勢:そして大学院ご卒業後はどうしていましたか?
名取:修士を終えて日本に帰ってきて、自然環境研究センターに研究員として就職しました。在職中に1年間、環境省の野生生物課に出向していました。自然環境研究センターでは、保護地域管理や環境保全計画に関する案件に関わっていました。国際会議のオーガナイズをしたり、海外の会議に参加したりってことも。秋の紅葉のころに一日山の中で、シ…

現役大学生が聞く”CIジャパンスタッフの「世界を舞台に働くとは」” 第2回目 名取 洋司 vol.2

vol.1 では、名取さんの日々のお仕事内容について伺いました。さてここからは、名取さんの青年時代にクローズアップ。どのような経験をしてきたのでしょうか.....??


「じゃぁ、アメリカ行きます」
木勢:それでは名取さんの大学時代について伺いたいと思います!
名取:大学はウィスコンシン大学マディソン校に通いました。卒業後も修士号、博士号
   まで同じ大学で取得しました。大学入学当初は天文学をやっていました。天文学
   のために留学したのです。そもそもそうしたいと考えたきっかけは、1986年のハ
   レーすい星です。その時に天文学に関心を持ちました。それより以前は筑波万博
   の東芝館に刺激されて工学系のことに興味がありました。「天文学をやりたい」
   と高校の地学の先生に聞いたら、「日本の大学にいても結構アメリカに行って研
   究している人が多いよ」と言われたので、「じゃあアメリカ行きます」って、高
   校生の時の浅はかな考えですよ(笑)。どうせ行くのだったら初めから行っちゃえば
     いいかなって。
国内で専攻として天文学があるのは数えるほどしかなかったけど、
   海外を見ると結構あるので、海外大学進学の方向がいいのではないかと。       こういうわけで、天文学を専攻したくてアメリカのウィスコンシン大学マディ
      ソン校に進学したわけですが、ウィスコンシン州は環境学や環境問題に関する政
      治的な活動も活発なところ
ですぐに影響を受けました。大学2年生のころに書いた
      知床伐採問題に関する論文をきっかけに、環境学の方向にも進み始めていて、大
      学3年生のころから環境学の専攻も始めました。Honors Programに入っていたので
      すけど、そのディレクターが以前、※1 新潟にあるサザン・イリノイ大学にいた
      ということで、同郷感を持っていました。その人に紹介されたことが大きな原因
      で環境学(Biological Aspects of Conservation Major) をはじめました。4年の時に知
      床の調査をするための奨学金をもらって、2週間毎木調査をしました。修士の時
      も「保全生物学と持続可能な開発」というプログラムを専攻しました。経路とし
      ては物理、数学系できて、生態学が生物…

現役大学生が聞く”CIジャパンスタッフの「世界を舞台に働く」とは” 第2回目 名取 洋司 vol.1

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名取さんの仕事のなかみ


木勢:こんにちは。それでは早速自己紹介からお願いします!
名取:こんにちは。私はCI Japanで生態系政策マネージャーとして活動しています。分野としては生物多様性・自然資本に関すること全般を担当しています。生物多様性に関する条約の会議や世界公園会議といった保護地域に関する国際会議などが関係しますね。
木勢:「生物多様性」、「自然資本」をもう少しわかりやすく説明してもらえますか?
名取:生物多様性は一般的に、生態系と種と遺伝子の多様性のことを指します。人間の視点からいうと、人間が自然から受けている恩恵を、「自然の恵み」といったり「生態系サービス」といったりしますが、それを生み出すものが生物多様性といってもいいかな。直接恩恵のないものもつくりだしているので、自然をうまく機能させているもの、機能させているメカニズムともいえるでしょう。一方、自然資本は生物多様性よりも広い感じでしょうか。「資本」とついているように、自然環境・自然資源を社会に役立つ資本・元手として捉える見方です。資本なので、うまく使えばいろいろなものを得ることができますが、使い方が悪いとリターンがどんどん減ってします。逆にうまく使えば、自分たちの生活を支えられているし、発展していくための元手となります。人間の生活は、自然からの恵みなしに成り立たないものなので、大事に使うかどうかは、「好み」の問題ではなく、必須なことなのです。例えば、財布の中身や銀行の貯金を使い尽くしたら、次の日の生活に困ることは誰でも分かると思いますが、自然資本も同じです。ただし、自然資本を使い尽くしたら、貯金を使い作るよりも大変だろうな。
木勢:なるほど。明快な解説ですっきりです!続いて、具体的にお
仕事で何をなさっているのか、記憶に残る出来事はありますか?

名取:直近の活動でいうと、フィリピンのキリノ州での森林再生プロジェクトですね。ものすごくたくさんの課題を克服する必要があったプロジェクトだったのですが、CCBスタンダードの認証をとれたことは大きな成果だと考えています。CCB

生物多様性条約COP12終了:資源動員編

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生物多様性条約COP12、いよいよ最終段階!

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生態系政策マネージャーのNです。

生物多様性条約の第12回締約国会議。韓国ピョンチャンの夜には地面が凍る寒さのなか、特大テントの中で交渉が続けられています。
前にも書きましたが、今回の会議で最大の課題とCIが考えているのが、資源動員です。愛知目標の達成には年間1500億ドルから4400億ドルが必要と推計されていますが、その「投資」により、年間4兆4000億ドルから5兆2000億ドル相当の生態系サービスが守られると、「資源動員に関するハイレベルパネル」が推計しています。この数字を見れば投資しない理由は無いのですが、誰が(どの国が)、どうやって資金を用意するか、ということが問題になっています。

前回2012年のインド・ハイデラバードの会議では、途上国へ向けられる生物多様性に関する国際資金を2015年までに倍にすることが決められましたが、今回は、それを2017年までにさらに倍にする提案まであり、もめています。

しかし、国際資金は生物多様性に必要な資金のほんの一部でしかなく、全ての国の国内資金が大部分を担う、担わなければならないのです。そのため、それぞれの国の中で、生物多様性を主流化し、優先度を高め、様々な政策を生物多様性保全の推進のために調和させることが不可欠であると、我々は主張しています。


途上国の中には、先進国の責任を途上国に押し付けているのはけしからん、という意見もあり、NGOの中にもそのような声が聴かれます。しかし、考えてみてください。それぞれの国の財産に他ならない、生物多様性、自然環境、自然資本を守ることは、その国の最大関心事であるはずです。そのための準備をしたうえで、国際資金をてことして取り組みを進めていく、というのがあるべき姿ですね。

忘れてはいけないのは、こうしているうちにも、生物多様性が失われ損失が出つづけていることと、将来の対策に必要なコストがどんどん高まっていることです。

今日が交渉最終日。どのような結果になるのか。明日未明には明らかになります。